基幹病院建設(開院)と(医)萌気会の役割

はじめに
  魚沼基幹病院(454床)はいよいよ6月1日開院する。
  この病院は、県が救命医療に責任を持ち、県内の救命救急センターを配置する義務から、医療再編の中核として実行したものである。
  結果は現大和病院敷地内に建設され、「ゆきぐに大和病院」の機能は、市の中心である現六日町病院の地に移転新築される。

建設の歴史的背景と在宅医療
 この歴史的な大変革は、小出病院の改築を発端として、また戦後70年にしての再編であった。
  この流れを、私(黒岩)的な発想で回顧すると、旧大和町診療所がゆきぐに大和総合病院となり、地域医療の全国的モデルになった。
  しかし大和病院は、間口の広い地域医療病院であったが、更に医療レベルを高めることは、近隣の県立病院と同様にできなかった。そこへ医師不足等による地方病院の危機から、レベルアップは一層厳しいものになった。
  そして、今回の基幹病院は、同一地に建設されたこともあり、一見あたかも大和病院が高度医療病院に成長したかの観を呈し、しかも本来の地域医療は市の中心の新市立病院で実行できるといった、誠に歓迎すべき事業になったと思う。
  これは言うまでもなく県と新潟大学の力によるものであり、改めて心から感謝したい。
  高度医療から在宅医療まで安心できるシステムを基幹病院・市民病院そして診療所が連携し、高度の医療から地域に密着した在宅医療も含めて、本当に安心できるシステムにしたいと思う。
  それには住民一人一人がよき医療資源となって、システムをそして医療機関を磨いてほしい。
  また国の医療政策は、病院の役割分担とスリム化をはかり、かたや在宅医療を拡充する事になっている。
  したがって萌気会が22年にわたってやってきた診療所医療と、とりわけ在宅医療は国の医療改革の戦略に位置付けられることになった。

萌気会の役割
  (医)萌気会は2つの診療所の力を併せ、市民病院・民間病院や基幹病院と連携し、在宅ケアの推進にこだわりたいと思う。
  また介護事業は地域包括ケアシステムの基本である以上、これまでの地域密着型の介護サービスに徹したいと思う。
  そのうえに市から委託された浦佐認定こども園と、27年度新築移転する学童保育にも力を入れ、萌気会の理念でもある「安心して子育てができ 老いても障がいがあっても 自分らしく暮らすことができる コミュニティーの創造」に少しでも寄与したいと願っている。そして市民の皆さんと共に歩んで行きたいと思う。
(もえぎ新聞27年3月号より 理事長 黒岩卓夫)

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季々雑感

平成26年は12月初旬から大雪が繰り返され町が雪に埋まってしまった。12月中に2回もの雪降ろしをしたのは初めてとの声もある。
 筋肉痛でシップをもらっていく人も多い。
 疲労と寒気でカゼ患者が多いがインフルエンザも例年より早く発生をみた。インフレエンザ患者が検査をしている近くで、ワクチン注射をうっている光景も変なものだ。関東、関西圏で12月初旬から学級閉鎖が繰り返され流行が確認された。例年より1ヶ月早い流行入りである。今期流行のA香港型(H3N2)ウイルスは重症化しやすいとされていて、肺炎や脳症併発の恐れありとされる。ピークは平成27年1月~2月頃とみている。
 時期を同じくして乳幼児の重い肺炎や気管支炎の原因となるRSウイルスの流行の拡大が続き、国立感染症研究所は患者数が過去4週連続で過去最悪を更新したと報じた。RSウイルスは飛沫感染で、初感染の乳児では重症化し易く、死亡例も報告され、注意が必要である。
 高死亡率ということでいえばエボラウイルスが何といってもトップでしょう。西アフリカで流行がはじまったこの感染症は死亡率70%~90%といわれ接触感染での発症が疑われ、医療従事者も巻き込んで感染の拡大が続いている。当地域も国際大学の該当国学生も居り、厳重な対策が望まれる。
 エボラほどではないか致命的となりうる「人喰いバクテリア」といわれている「劇症型溶連菌感染症」の26年度の発生数が過去最多となったとの報道があった。あまりマスコミでとりあげられていないので、なじみはないかもしれないが、子供の咽頭炎やとびひをおこすA群溶連菌などが原因。ノドや皮膚からの感染と推定されるが高熱と皮膚の壊死が急激に進行しショック、多臓器不全におちいる悲惨な疾患である。どういう場合に劇症化するのか未だに不明である。
 感染症の発生には、かかる側の状態、抵抗力(免疫性)、環境、病原体の病原性が複雑に関与している。秋に発生が続いたデング熱も環境の変化(温暖化)が関わっているのか。
 我々医療側も新興感染症の発生に注意を払い、対策を講じつつ、日々の診療を通じて健康的な生活、病気にかかりにくい体作り、食育の指導が重要と感じた。
(もえぎ新聞27年2月号より 二日町診療所 所長 皆川秀夫)

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新年のごあいさつ

あけましておめでとうございます。
平成27年度を、明るく希望をいだける年にしたいと思います。これは幻想かもしれませんが、少し先を見通すことによって、困難が横たわる現状も乗越えられることは可能だと思います。萌気に結集する皆さん一人一人の意欲や智恵で十分できると確信しています。
さて、昨年末の衆議院選挙は、その論調をアベノミクスの評価だけにしぼるという自民党の戦略に負けたと思います。経済政策論争(これも現政権の虚構にすぎない)に封印された最大の論点である自衛隊の戦闘参加、改憲、原発さらに生活に密着した医療・介護・保育を素通りしてしまいました。
この“効果”は、即現れ、自民党は12月22日のTVでは介護費抑制を明言し、聖域といわれたあらゆる領域にも圧縮すると本音を吐いています。
皆さんから応援していただいた宇洋は、それでもアベノミクスだけでなく、農業や介護でも有権者に訴えました。
これを選挙だけでの訴えでなく、医療・介護・保育を守る国政でのエキスパートになってほしいと思います。
萌気は新年度をめざして、魚沼医療再編を主体的に取り組み、理念と実践を真っ直ぐに突き進みたいと思います。
地域の皆様も、新しい医療体制づくりに、一人一人が、資源となって、より良いシステムづくりに力を出して下さい。
そして安心して暮せる地域づくりに私たちと一緒にがんばっていただくことをお願いして新年の御挨拶にさせていただきます。

平成27年 元旦
医療法人社団萌気会 理事長 黒岩卓夫

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平成26年を振り返って

2014年(平成26年)の1年間が幕を閉じようとしています。
地域の皆さま、また遠方よりエールを送ってくださる皆様、公私ともの萌気会へに御支援ありがとうございました。そして300人に及ぶ職員の皆さんご苦労様でした。と同時に日々の献身的な働きに心から感謝しています。
社会状況に一言、急に降ってきた(雪ではない)衆議院選挙の結果を目前として、この原稿を書いています。自民党の一強体制は、もうしばらく続きますが、内部崩壊(矛盾の蓄積)も深化することは間違いありません。
国際的には、残念ながら、国家間の相剋・小民族の弾圧・宗教間の争いは続き、人類の苦悩は拡大しています。何が大切なのかさえ見えなくなっています。
一方、萌気会は、浦佐診療所の新築を足場として新しいステップへ走ってきました。また来年度中に再編される魚沼の医療の、70年ぶりの大変革に応えるために、診療所医療(介護)の強化に努力してきました。

この1年間の成果を幾つか列挙してみます。
1、医師増員(常勤、パート)による医療の充実が着々と進んでいます。
2、在宅療養支援ベッド(浦佐9床)もフル活動に近くなりました。要介護高齢者が入院しても短期     間で退院でき、また在宅療養がより安心してできることが家族からも理解されつつあります。
3、浦佐の「リハビリ強化型デイケア」は、地域でのリハビリニーズに大きく応えるもので、先駆的な  役割を担うものと信じています。
4、小規模多機能拠点第2号「さくりの郷」も軌道にのり、これから五十沢地区の包括ケアへの拠点  になってほしいと思います。

最後に私的なことですが、4月よりの常勤医増員などで、ゆとりがとれている
ことも幸いし、8月にインドへの1週間旅行も実現し、そのうえ10月には喜
寿(ほんとに77歳!)の祝いを子・孫たちと大沢館で楽しくさせてもらいまし
た。(もえぎ新聞2014年末号より 医療法人社団萌気会 理事長 黒岩卓夫)

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季々雑感 ―食の安全―

秋の稲刈りの頃から鼻カゼ、山が色付き寒さが深まるにつれてノドカゼが増えてきた。昨今は爆発的というような来院者の増加である。高熱者も多いがインフルエンザではない。職員もカゼひきが多く、咳が止まらないという方も目立つ。当地方ではカゼが大流行といった状況である。インフルエンザシーズンをひかえて心配な状況である。カゼの予防はやはりうがいにつきるが根本的には鼻、ノドの健康(全)が保たれる事、免疫力、抵抗力、カゼにかかりにくい体力、かかっても長引かない回復力等々が必要であろう。当地は県下一の喫煙率が指摘されているので喫煙者だけでなく家族、周囲の者も影響を受け易い。気道の健全性も問題であろう。最近、小学生の体力測定で投力の低下がいわれているが、これなども外遊びが減ったことと関係あるのだろう。体力、回復力の低下が心配される。
 前回中国からの輸入食肉の安全性について話したが、問題は食肉だけではない。農薬汚染冷凍ギョーザ、カドミウム、水銀汚染米を工業原料として輸入し、国産米と偽って大手スーパーに売りつけた輸入業者の事件等々、中国からの輸入食品は問題が多い。最近はスーパーでも食品の原産国名を確認して買っているが、中国産のものは加工食品、冷凍食品、缶詰に多い。驚いたことに梅干、干ぴょう、ヒジキ等中国人が食べない物まで作られている。某週刊誌で学校給食現場での中国食材、食品調査結果記事を読んだが、やはりスーパーでみかける中国産品を中心に特定の食品に集中していた。この中でもあさり、イカ、マッシュルームは違反事例の多い常連といわれている。いずれも加工、保存過程に危険物質を使っていると思われる。貴金属、残留農薬科学物質は体内に蓄積し、さまざまな点で人体に影響する。子供達が感染症にかかり易い、体力低下、発達障害もこれに起因しているかもしれない。そうすると将来の不妊症や奇形児の多発、もっと先のガンの増加にもつながりかねない。そう思うと今すぐ食卓から中国産品を排除せねばならないと痛感させられる。現に一部自治体ではトップダウンで食材の見直しをした所もあるようだ。給食は過去には日本人の食事をリードする役目を負い、旬の食材、地産地消を目指していたのだから。(もえぎ新聞26.12月号より 二日町診療所 所長 皆川秀夫)

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異国からのリポート(Ⅲ)北インドを旅して

― 印象Ⅳ 長女の愛したデリーの街 ―

 デリーの街を歩いてみると、市民が雑踏でもまれながら、執擁に生きている

姿をみて、街の隅々までが生活の場になっているのかと思った。

 デリーは世界の交通博物館ともいわれている。人、自転車、リキシャ(サイクリングと動力)バイク、自動車、電車、汽車、そこへ牛車や馬車も闖入してくる。

 その雑踏の隙間からスーと現れるのも物乞いの子どもや赤子を抱いた母親、障がい者、老人たちだ。これも生活のひとつの場面なのかよくわからない。そして自分はどうしたらよいのか。自分はいったい何者かがわからなくなる。

 こうした街に長女の萌実は雑踏に生きる魅力を感じていたのだろうか。もちろん、日本の“アメ横”のような物のあふれた街もある。通りから一歩入ったうす暗いところに、小さなホテルがある。その安ホテルの仕事をしているネパールの少年グループも萌実の知り合いだった。

― 印象Ⅴ アムリッツァーの黄金寺院 ―

 アムリッツァーはインドのパンジャーブ州(デリーから飛行機で60分)にあり、スイク教徒によって造られた街であり、その中心的存在に黄金寺がある。

 このスイク教徒の反政府運動で、黄金寺に立て篭もり、数百人の死者を出し、その報復として、当時の首相インディラ・ガンジーはスイク教徒から暗殺された。

 しかし今は平和で観光の中心だ。髪の毛を露出してはダメとのことで、私は手ぬぐいをホッコかぶりした。寺院へは長蛇の列で内覧はあきらめた。一方お昼ごはんを無料で提供している場面にも出くわした。

 ここでも宗教、平和、幸せとは何かと考えさせられた。

以上で異国からのリポートを終りとします。

 まだまだ7泊の旅は、私の大失敗(スリにやられる)も含め、語りたいことは山ほどある。しかし、印象Ⅰ-Ⅴのなかに私が見たり考えたり、未来はどこかで日本ともつながるのではないかの希望をいだいて、インド旅行のベテランで、英語とヒンズー語のできるガイドとして、萌実にとってのインドを親に案内してくれた長女に心から感謝する。(もえぎ新聞 平成26年11月号より 黒岩卓夫)

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異国からのリポート(Ⅱ)北インドを旅して

異国からのリポート(Ⅰ)では、いきなりカシミール(シュリナガル)の青年シャクールを話題の中心に、老人問題まで走ってしまった。

 実は首都デリーに2泊して、デリーから飛行機で1時間半のところにシュリナガルはあった。シュリナガルはエベレストに連なる高い山に囲まれたダル湖を擁する。

― 印象Ⅱ ダル湖、水上朝市、蓮の花 ―

 小さなゴンドラのように飾った小舟シカラが、まだ朝日の刺す前のうす暗い湖のもやの中を、蓮などの水草を押し分けるように私たちをのせて進んでいく。朝もやの中から忽然と出現したのは、野菜や果実を思い思いに満載して無数の小舟のひしめいている水上朝市だった。

 湖の水は澄んでおり、市場には多様な鳥たちが思い思いに飛び交っている。蓮はピンクの大きな花をつけ、島のように湖面を占領している。

 トマト、スイカ、なす、かぼちゃ、きゅうり、にがうり、ユウガオ、じゃがいも、にんじん、そして色とりどり大小の花が小舟にあふれている。そこに観光客を乗せたシカラが進入してくる。

 小舟はお互いに物々交換をしたり、売買に熱中している。なかにはお土産用にサフランの香料やお茶を載せている。

 シュリナガルはこの活気ある水上朝市から1日が始まるのだ。

― 印象Ⅲ ゲストハウスとインドカリー ―

 ダル湖から山へせりあがる日当たりの良い地区に私たちが泊ったゲストハウス(民宿)があった。御主人と妻に娘の女子大生が私たちをもてなしてくれた。建物は3階建で、最上段は楼閣造りのシャレたものだった。

 料理はカリーが主だ。カリーと一口で言っても、多様な材料・香料でつくられるとのこと。ベジタブルが主流だが、旬の魚、チキンは使われる。このゲストハウスでは、チキンとオクラのカリーやほうれん草の入った緑色したものなどだ。これに小麦粉で柔らかく焼いた“ナン”と呼ばれるものとライスがつく。ナンを手でちぎって、カリーをつけて食べる。あるいはライスにかけて食べる。

 それに羊の骨付きを甘辛く焼いたものが上級の料理で、生野菜を少々サラダとしてつけるといったものだった。

 さて、印象をまた老人で締めるつもりはないが文字通り老人が印象的なのだ。このゲストハウスの御主人の母親がやってきた。近くに住んでいるようだ。白い衣をまとい、私たちをみると大きく手を広げて笑顔いっぱいで迎えてくれた。すぐ秩子と抱き合った。秩子より10才位上にみえたが75歳。13才で結婚し、16才で第1子を産み、それから学校へ行き、数学の教師になり、校長で終わったという。

 秩子も数学だから“マセマテク”を合言葉にして、また二人で抱き合い、横にいた私まで抱きかかえられてあわてた。

 こうしてシャクール青年、ダル湖の水上朝市、インドカリー、ゲストハウスのインテリおばあちゃんで、カシミールの報告は終わる。(もえぎ新聞 平成26年10月号より 黒岩卓夫)

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異国からのリポート(Ⅰ)北インドを旅して

日本という国とインドという国を比べたとき、どこかに共通項や自然にわかり合える情況(環境)はあるだろうか。

私は以前からインドは仏教の発祥の地、その名残のあるチベットに近いラダック地方に行ってみたいと思っていた。

また長女萌実は、すでに15回ほとんど1人で旅行しており、以前から父親を案内したいと誘ってくれていた。

一方、私の寿命や体力から、この先どうなるかわからない以上、今回がラストチャンスではと考え、また長女の親への想いに応え、8月4日から12日までインドの旅を楽しむことになった。メンバーは2組の夫婦4人である。

ラダックは事情で回避し、北インドのデリー、カシミール、アムリッツアの3ヶ所が選ばれた。

― 印象Ⅰ ―

 カシミールの20代の青年シャクールの口からためらいもなく「私たちは国を頼ってはいません」という言葉がとび出した。この発言は奇しくもインドでの老人問題を質問している時だった。シャクールは5人男兄弟の5番目、実は家族(同じ家に住んでいる者)は15人位の大家族だ。老人が寝たきりになれば家族でケアしますの文脈の中でだった。ただこのままでいつまでも続くとは思えないと付け足した。

シャクールは私たちには単なるドライバーとして現れた。最初の3時間位で不思議にも何か通じるものがありお互いに仲良くなってきた。半日のドライバーガイドは、3日間に延長し、2日目には自分の家に案内してくれた。新しい大きな家だ。

絨毯をしきつめた居間には老夫妻がどんと座っていた。おばあちゃんは美しい顔に笑顔を浮かべ、まず紅茶を、これは生れて始めてのむほどおいしいのだ。クッキーにケーキとふるまってくれた。そこへこの老人の孫たちが集まりはじめた。シャクールの兄弟も。おじいちゃんは威厳をもって自分の座に黙って座っていた。さらにこの場には姿を現さなかった90代のおじいちゃんがおり、杖を使えば自立しているとのことであった。

シャクールファミリーは、日本風に言えば、昔の家父長制家族のようになるが、お年寄りを中心に美しいほどにまとまり、また動いている家族だった。

「国に頼らない」には背景もある。このカシミール地方は、インドとパキスタンの領土争い(戦争)をしたところで、カシミールはほとんどイスラムでありながらヒンズー主体のインドが国になっているのだ。

ちなみに私は自分が今でも“日本の子”ではないと思っている。私はこどもの時代、満州開拓団から逃げ出しやっと生きて帰った日本の“棄民”だからだ。

そしてインドは、医療保険制度はほとんどなく介護保険制度はない。

日本の超高齢化社会を豊かにするには、制度頼りはほどほどにして、旧家族の復活ではないが、老人が中心になれるような新しい小社会の複合体の創造ではないだろうか。ところでシャクールは後に観光関係の会社の社長であることがわかった。(もえぎ新聞26年9月号より 黒岩卓夫)

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在宅ネット第20回大会in岡山の意義― Narrative Based Care について ―

去る9月14・15日、岡山コンベンションセンターで挙行された岡山大会は、岡山という土地でなければ語れない歴史や文化を生と死やケアの立場から掘り下げようとした意欲的な大会であった。

もちろん表看板である地域包括ケアを地域づくりと明確にとらえた基調講演は、多くの企画の中に盛りこまれていた。

私は第1日目の基調シンポジウムの座長と実践交流会、第2日目のランチョンセミナー(臨床宗教師)と、看取りの3演者の講演を拝聴した。本心は歴史や文化の視点から企画された死生観などを勉強したかったが、それはかなわなかった。

さて、基調シンポジウムで厚労省保険局長の唐沢剛さんは発言のなかで、地域包括ケアシステム構築の基本的要素として、“地域と各人の物語に根ざしたケアを提供する”と言われた。物語とはNarrative-basedのことであり医療の立場からもEBM(Evidence Based Medicine:科学的根拠に基づいた医療)と相並ぶものとしてNBMとして大切にされるようになった。

――それぞれの物語 人・地域――

個人の物語とはその人の人生であり経験であり心情であるとすれば、その地域の歴史や文化をその土台として関心をもつことは不可欠である。

私はかつて看取りを論ずる中で、次のような文言を書いた。医療にはScienceとArtの両面があること。そして広く治療方針の根拠としてEBMとNBMがあること。また生命にしても生物的生命(Biological life)と物語られる生命(Biographical life)が提言されていると。これが福祉・介護の世界に投影するとすれば、地域包括ケア(コミュニティ)づくりの核になるのではないだろうか。

ただ現在の介護保険制度下の事業所で、ひとりのお年寄りに30分時間をかけて、その人の物語(かつての自慢話でよい)を聴く時間があるだろうか。時間がない、同じことしか言わない、聴いてくれない、あきらめるといった悪循環をどうやってたち切ることができるだろうか。「驚きの介護民俗学」を著した六車由実さんも現場にいて聞き取りしながらこのことには気付いている。

また、看取り先生と呼ばれ、臨床宗教師を提言し、3年前自らも癌死した岡部健先生が「看取りは地方文化である」と提言したのも、こうした流れを凝集したものだと思う。

岡山大会は、基調シンポジウムから各テーマ別企画への広がり、とりわけ看取りの企画は、第19回新潟大会の流れを深め、20回大会という節目に相応しいものだったと思う。(もえぎ新聞26年11月号 医療法人社団萌気会 理事長 黒岩卓夫)

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季々雑感

夏至をすぎた梅雨の最中である。蒸し暑い気候が基本にあるのだが、時々日が照ってカーッと暑くなる。その逆に上空に寒気が入るのか、寒い位の気温降下もある。今年はエルニーニョの発生(ペルー沖東太平洋の赤道付近の海水温上昇)が報告されているが、関東、九州の局地的豪雨もこれと関連があるのか。エルニーニョの年は梅雨が長引く、異常気象がおきやすいとも言われている。最近は日本各地での数十年に一度の異常気象の報告が相次ぎ被害が発生している。我々も異常気象には慣れっこになっているのか無防備になり易い。日頃からの防災対策は自治体にまかせるしかないが、我々も自分の手の届く範囲で危機に陥らないよう工夫を施しておくことが必要だ。

 さて気象庁の長期予報では今年の夏は例年並みだそうだ。ということは年々温暖化の進む日本にあっては昨年同様の暑さを覚悟せねばならないということか。5月頃急に暑くなり県内でも熱中症による死者が発生したが、梅雨時の熱中症発生も多い。湿度が高い分、汗をかいても蒸発しにくく体温下降がうまくいかない。しめきった室内や体育館でのスポーツは要注意だ。高齢者のいる家庭、介護施設では体温の上昇、汗のかき具合、室温、換気に十分注意し、様子をしっかり見守りたい。

 最近、厚労省はブタのレバーの生食も禁止した。3年前の富山の焼肉店でユッケ(牛生肉)食で病原性大腸菌O-111による食中毒をおこし6人死亡事件があった。この後、牛生肉食は調理の厳格化と生レバー食禁止処置がとられた。このため客からの要望でブタレバーを出していたようだ。レバー(肝臓)には腸内細菌及び吸収された毒素が集まってくる場所であり糞便を食べているようなものだ。日本人の生食癖もここに極まった感があるが、「通」を気取って生食を繰り返しているといのち取りになりかねない。梅雨時はナマ物もそうだが、作り置きした食品の保存にも注意したい。さらには調理器具、まな板の処理にも注意することだ。(もえぎ新聞26年8月号 二日町診療所 所長 皆川秀夫)

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