異国からのリポート(Ⅰ)北インドを旅して

日本という国とインドという国を比べたとき、どこかに共通項や自然にわかり合える情況(環境)はあるだろうか。

私は以前からインドは仏教の発祥の地、その名残のあるチベットに近いラダック地方に行ってみたいと思っていた。

また長女萌実は、すでに15回ほとんど1人で旅行しており、以前から父親を案内したいと誘ってくれていた。

一方、私の寿命や体力から、この先どうなるかわからない以上、今回がラストチャンスではと考え、また長女の親への想いに応え、8月4日から12日までインドの旅を楽しむことになった。メンバーは2組の夫婦4人である。

ラダックは事情で回避し、北インドのデリー、カシミール、アムリッツアの3ヶ所が選ばれた。

― 印象Ⅰ ―

 カシミールの20代の青年シャクールの口からためらいもなく「私たちは国を頼ってはいません」という言葉がとび出した。この発言は奇しくもインドでの老人問題を質問している時だった。シャクールは5人男兄弟の5番目、実は家族(同じ家に住んでいる者)は15人位の大家族だ。老人が寝たきりになれば家族でケアしますの文脈の中でだった。ただこのままでいつまでも続くとは思えないと付け足した。

シャクールは私たちには単なるドライバーとして現れた。最初の3時間位で不思議にも何か通じるものがありお互いに仲良くなってきた。半日のドライバーガイドは、3日間に延長し、2日目には自分の家に案内してくれた。新しい大きな家だ。

絨毯をしきつめた居間には老夫妻がどんと座っていた。おばあちゃんは美しい顔に笑顔を浮かべ、まず紅茶を、これは生れて始めてのむほどおいしいのだ。クッキーにケーキとふるまってくれた。そこへこの老人の孫たちが集まりはじめた。シャクールの兄弟も。おじいちゃんは威厳をもって自分の座に黙って座っていた。さらにこの場には姿を現さなかった90代のおじいちゃんがおり、杖を使えば自立しているとのことであった。

シャクールファミリーは、日本風に言えば、昔の家父長制家族のようになるが、お年寄りを中心に美しいほどにまとまり、また動いている家族だった。

「国に頼らない」には背景もある。このカシミール地方は、インドとパキスタンの領土争い(戦争)をしたところで、カシミールはほとんどイスラムでありながらヒンズー主体のインドが国になっているのだ。

ちなみに私は自分が今でも“日本の子”ではないと思っている。私はこどもの時代、満州開拓団から逃げ出しやっと生きて帰った日本の“棄民”だからだ。

そしてインドは、医療保険制度はほとんどなく介護保険制度はない。

日本の超高齢化社会を豊かにするには、制度頼りはほどほどにして、旧家族の復活ではないが、老人が中心になれるような新しい小社会の複合体の創造ではないだろうか。ところでシャクールは後に観光関係の会社の社長であることがわかった。(もえぎ新聞26年9月号より 黒岩卓夫)

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