雪国大和町にやってきて 萌気園診療所を浦佐で開設してから、20年がたちました。私(黒岩)にとっては大変感慨深いものがあります。私がこの土地にやってきたのは42年前の1970年(昭和45年)の6月です。当時の旧大和町の診療所に6年、病院になって16年で、計22年間は町の公務員でした。したがって、萌気になっての20年はほぼ同年数となり、その意味でも萌気20周年にはおどろいています。
萌気園で在宅ケアを そして1992年(平成4年)6月、萌気園浦佐診療所は現坂西専務を含めて4人でヨチヨチ歩きを始めました。しかし、町の医療の一部を担うとはいえ、町の長が私の選挙相手でもあったため、行政の支援を受けることはなく、むしろ敵視されての出発でした。したがって、ただモグラのように、目立たないようにコツコツトンネルを掘るしか方法はなく、スタッフの皆さんには大変窮屈な思いをさせたと申し訳なく思っています。 そこで第二診療所は旧六日町に開設することにしました。自然に呼吸の出来る場所を求めたのですが、その時の六日町の長は、なぜか萌気開設に反対に動きました。情けない話です。しかし合併などを経て、ようやくふつうの診療所として扱われることになり、現在に至っています。
地域医療から在宅医療へ さて、大和病院時代は地域医療のモデル「大和方式」として、新しいシステムを全国に発信できたと思っています。また、萌気になってはじめた在宅ケアのコツコツ路線が今や国の医療政策の中心的課題となり、国も在宅ケア推進に全力を挙げつつあります。 これも私が在宅ケアの同志を募ってはじめた「在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク」(私が昨年まで17年間会長を務めた)の歩みに、萌気の20年が軌を一にしている姿をみて、“萌気園の歩みは全国的な在宅ケアの流れをつくってきた”の感を深めています。
スティーブ・ジョブズにちなんで 米国アップル社の故スティーブ・ジョブズが有名なスタンフォード大学の卒業式で、生きることへのモチベーションの大切さ、自分の仕事は点でよい。点にこだわることが、次の点と必ず連なってくると言っています。 私にとってのモチベーションは、雪国での樏をはいての往診であったし、点は雪国の診療所、地域医療の病院、そして萌気園の在宅医療だったと思います。 私にとっての20周年を職員の皆さんと共に祝い、地域の皆さんに感謝し、できれば私の気持の幾分かを共有していただければ大変嬉しいことと思います。 どうかよろしくお願いします。(もえぎ新聞24.3月号より)
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